Talk Vol.8

オールインワンでスポーツを盛り上げる(上)

弁護士/東京大学理事
境田 正樹

Sportsful Talk、3回目のゲストは境田正樹さん。
弁護士として活躍する傍ら、「日本スポーツ基本法」の制定、男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」の立ち上げにも尽力されました。
様々なスポーツ団体を見てきた境田さんが見据えるスポーツの新たな可能性とは――。

二宮清純: 境田さんはスポーツのガバナンス整備に法律の専門家として尽力されてきました。2011年より施行された「スポーツ基本法」にも関わっていらっしゃいますね。今年3月にはスポーツ庁より第2期のスポーツ基本計画が発表されました。第1期との違いはどんなところにあるのでしょう?

境田正樹: まず第一に、スポーツの成長産業化、具体的にはスポーツ市場規模5.5兆円を2020年には10兆円に、さらに2025年には15兆円へ拡大することを目標として掲げたことです。そのために、スポーツの産業化、地域活性化の基盤としてのスタジアム・アリーナづくりを推進することも重要になってきます。また大学スポーツについても、「国は、大学及び学生競技連盟を中心とした大学横断的かつ競技横断的統括組織(日本版NCAA)の創設支援することにより、大学スポーツ振興に向けた国内体制の構築を図る」として具体的な大学スポーツの振興策を目標として掲げたことも大きな特徴の1つだと思います。

今矢賢一: 他にはどんなことでしょう?

境田: あとは障がい者スポーツの推進に関しても前回計画より充実した内容になっていると思います。そのほかでは、スポーツ団体のコンプライアンスの強化、ガバナンスの徹底、アンチ・ドーピングの推進などについても前回計画より充実した内容になっています。やはり昨今の社会情勢や経済情勢が色濃く反映された内容になっています。

二宮: 海外ではプレータイムを契約で保証するようなかたちがあり、アスリートの権利のようにもなっています。日本版NCAAをつくるのであれば、今後はそういったことにも対応していかないといけませんね。

境田: そうですね。今のスポーツ界は競技団体ごとの縦割り構造で、横串の連携は十分ではありませんし、各大学もスポーツに関して他の大学と協働・連携してスポーツ振興に取り組むことが、これまであまりありませんでした。ここの横串、縦串を刺して、競技団体と大学が一体となってスポーツの振興を図ろうというのが日本版NCAA構想です。なかなか実現は簡単ではないですが、100近いスポーツ団体と800を超える日本の大学の総合力、そして産業界のパワーを結集すれば、日本のスポーツ界全体を、さらには日本の社会全体を活性化することができる大きなチャンスになると捉えています。是非、成功して欲しいと考えています。

二宮: 横串を刺す上で一番苦労された点は?

境田: 私が委員を務めたスポーツ庁の「大学スポーツの振興に関する検討会議タスクフォース」では、今後、日本版NCAAを創設するにあたって、検討すべき論点を整理しただけですので、具体的に横串を刺すのはこれからです。ただ日本サッカー協会や日本バスケットボール協会など中央競技団体には50年以上の歴史があり、それぞれ自主自律の精神で運営がされてきましたし、大学スポーツを統括する大学連盟は、それぞれの中央競技団体及び各大学競技連盟の間に横串を刺していくという作業はかなり骨の折れる大変な作業であることは間違いありませんね。

二宮: B.LEAGUE創設時の苦労に比べると?

境田: 約2年前に、川淵三郎さんと一緒にバスケットボール界の2つのリーグの統合(B.LEAGUEの創設)に関わりましたが、今回の作業量はその比ではありませんので、本当に大変な作業だと思います。さらには大学側も仮に日本版NCAAが立ち上がったとしても、これに簡単に乗ってくれるかどうかもわかりません。なぜなら大学にとって、これまで基本的に大学の運動部の活動は課外活動であると位置付けており、大学側は運動部の活動には主体的に関与しないという立ち位置をとってきたからです。だから学生が競技やトレーニングをする施設や環境の改善を求めたとしても、大学側はなかなか支援してくれないという声もよく聞かれます。

二宮: 活動費も大学の支援ではないんですね?

境田: 運動部の活動費の管理についても、基本的に大学はタッチせず、各運動部が独自に管理を行っており、必要な経費はOBやOGからの寄付に頼ってきたというのが多くの大学の実情です。このような現状を改めるべき、大学側は運動部に対し様々な支援を行うべきとしても、おそらく今の大学の運営側に、それを求めることも簡単ではありません。なぜなら、多くの大学において、その実現のために必要な人材も予算も十分には確保されていないと思われるからです。つまり、国からの運営費交付金の削減や少子化の影響等で、厳しい予算管理や人員定数削減を強いられている大学において、スポーツ専門人材を新たに雇ったり、スポーツに特化した予算を新たにつけるということは、裏を返せばスポーツ以外の他部門の定員枠や予算を減らすということにつながりますので、全学的な合意を得ることが容易ではないのです。

今矢: 僕も横串を刺すことには賛成ですね。ただスポーツには規模の差がすごくありますから、スポーツビジネスが存在する競技に関しては可能性を感じますが、スポーツ全体を対象にするとなると、なかなかハードルが高いなと思います。

境田: 確かに難しいと思います。競技ごとに違う歴史がありますからね。

二宮: 例えばNCAAのようにディビジョンで分けたら、「なぜウチの大学が下なんだ!」と抗議してくる大学も出てくるでしょうね。

境田: そこも課題の1つですね。私は、アメリカのような階層性のシステムは、日本版NCAAの立ち上げ時には導入しない方が良いと考えています。階層性を導入すると、おそらくディビジョン1に属することができた大学以外の大学からは多くの不満が出てくると思われるからです。階層性の導入のためには、選考のための公正・公平な基準作りや選考プロセスの透明化など、公正性・公平性の担保が必要不可欠ですが、本件では時間的な制約もあり、また規模も大きすぎることもあって、これを担保することが難しいのです。

二宮: 境田さんのプランは?

境田: 私は、まずは、多くの大学が日本版NCAAに加盟し、各大学が連携・協働することによって、また、後に述べますが大学のスポーツサイエンスの成果の利用等によって、これまでにはなかった新しい価値やマーケットバリューを生み出すことを目標とすれば良いと思います。そして、その新しい価値やマーケットバリューを統括機関である日本版NCAAが、産業界と連携しながら、上手くマネタライズすることができ、そこから得られた果実を、各大学や各競技団体に分配金やサービスという形で利益還元するという好循環のシステムを構築することができれば、日本版NCAAは成功を収めることができると思います。

<Vol.9へ続く>

ゲスト

境田 正樹(さかいだ まさき)

1941年12月8日生まれ。建築家。東京工業大学名誉教授。株式会社環境デザイン研究所会長。東京工業大学工学部建築学科卒業後、菊竹清訓建築設計事務所に入所した。68年に環境デザイン研究所を設立。1978年の毎日デザイン賞を皮切りに多数の賞を受賞した。近年の代表作に新広島市民球場(日本建築家協会賞)、国際教養大学図書館(村野藤吾賞)などがある。

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