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Columnコラム

2016.06.02女性指導者の成功例に続け

サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」の新監督、高倉麻子が6月2日に初陣(対アメリカ女子代表)を迎える。5月20日に発表された代表メンバー20名のうち5人の選手が初選出となった。

 

「最近見ている中で少しでも進歩している、伸びている要素が見える選手を選んだ」と選考理由を語ったが、「今回はこのメンバーを選んだが、1年後に半分が残っているかどうかは私にもわからない」と厳しい面も覗かせている。

 

高倉は女子サッカーの草分け的な存在として、選手でも指導者としても実績を残している。選手としては1991年の第1回FIFA女子世界選手権(現・FIFA女子ワールドカップ)や、96年アトランタ五輪に出場した。04年に引退して指導者へ転身後はU-16サッカー日本女子代表監督として、13年のAFC U-16女子選手権を制覇した。14年にはFIFA U-17女子ワールドカップで初優勝も果たした。12年から4年連続でアジアサッカー連盟が定める「アジア年間最優秀コーチ(女子の部)」も受賞している。

 

ちなみに日本でサッカーフル代表の監督を女性が務めるのは男子、女子通じて高倉が初めてのことである。

 

サッカーに限らず他のスポーツでも女性指導者の数はまだまだ少ないのが実情だ。そんな中、成功した女性指導者といえば次の2人が真っ先に思い浮かぶ。シンクロナイズドスイミング日本代表ヘッドコーチの井村雅代と、ソフトボール女子日本代表元監督の宇津木妙子だ。

 

井村はスパルタ指導で知られ、84年ロサンゼルス五輪から6大会連続で日本勢を表彰台に導いた。

 

「コーチは頑固親父の職人だと思ってます。選手の素質はどの時代でも変わりません。そのときに選ばれた素材で最高の物を作るのが職人です。足が歪んでたらまっすぐ見えるように、短ければ長く見えるようにする。指導者が”この選手はこれが精一杯です”というのが一番悲しい。選手はいくらでも成長するんですから」

 

シドニー五輪で銀メダル、アテネでは銅メダルを獲得した宇津木も、「私はすごくうるさかった。選手からは小姑のように思われていたかもしれません」と語っている。

 

宇津木は選手の食欲が落ちる夏場には、食べ残しがないか弁当箱まで持ってこさせてチェックしていたという。

 

「そうした管理を悪く言う人もいますが最終的な責任が監督にある以上は厳しくやらざるを得なかった」

 

井村、宇津木どちらも独特の指導者像を打ち立てた。2人の成功例に高倉が続くことが女性指導者の拡大につながっていく。