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Columnコラム

2016.01.22新国立競技場問題、未来にどう生かすか

登山の世界には「準備に始まり準備に終わる」という言葉がある。白紙に戻った新国立競技場の迷走劇を見るにつけ、準備の杜撰さに驚く。視界不良のまま突き進み、危うく遭難するところだった。

 

どんな計画にも、多少の微調整はつきものだ。だが、今回は許容範囲を超えていた。総工費からして国際公募でデザインを募集した際の1300億円から3000億円以上、1625億円、2520億円と乱高下した。

 

総工費が膨れ上がった理由として、消費税増税、人件費や建設資材の高騰などが挙げられたが、それを考慮しても、当初予算の2倍近い2520億円という金額は尋常ではない。

 

デザインを手掛けたイラク出身の建築家ザハ・ハディド氏が新競技場の目玉にしようとしていたキールアーチが2本で1000億円もするなど、当時は知る由もなかった。しかし、槇文彦氏ら専門家の指摘により審査の粗雑な実態が明らかになってきた。

 

審査委員の中には財務の専門家がひとりもいなかった。安倍晋三首相がブエノスアイレスでのプレゼンテーションで力説したように、たとえ「ほかの、どんな競技場とも似ていない真新しいスタジアム」であったとしても、予算の範囲内で、工期に間に合うものでなければ、それは無用の長物に過ぎない。今後は半年以内にデザインを決め、約50カ月かけて20年春の完成を目指す見通しだが、真摯な反省から出発しないと、同じ轍を踏みかねない。

 

ところで白紙撤回後の新デザインとして、前回のコンペで次点だったオーストラリア人や3位の日本人の作品が浮上するのでは、と見る向きもある。これには違和感を覚える。失敗が許されない今回、デザインはもちろん大切だが、工期や予算を踏まえた整合性が、それ以上に優先されることは言うまでもない。

 

さらに言えば新競技場完成後、従来案では向こう50年間で約1000億円以上の大規模改修費が必要になるとされてきた。オリンピック・パラリンピックは2020年の夏に終わっても、スタジアムは、その後も存在し続ける。つまり今、問われているのは、何をつくるかよりも、それを未来にどう生かすかだ。国際基準を充たしつつも、「小さく生んで、大きく育てよ」との共通認識を持ちたい。