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Columnコラム

2015.05.29明るい未来へ公園の開放を!

若葉茂り、風薫る5月である。スポーツの季節でもある。

 

だが、都会の公園や空き地を巡ってみても、子どもたちがボール遊びをしたり、かけっこをしている光景にはめったに出くわさなくなってしまった。これは少子化の影響だけとは考えられない。

 

責任の多くは大人たちにある。公園に行けば「キャッチボール禁止」の立て看板があり、空き地には例外なく「立ち入り禁止」の柵が設けられている。

 

サッカーも対岸の火事ではない。千葉県某市には「サッカー禁止」の看板が掲げられている公園があった。しかも、「見かけたら110番します」との文字も。市役所の都市計画課の名前入りだ。これが5年後に東京五輪・パラリンピックが開催される国のあるべき姿なのだろうか。

 

外遊びが減った子どもたちの体力低下は顕著だ。文科省が発表した「2013年度体力・運動能力調査」によると、11 歳男子のソフトボール投げの平均記録は、東京五輪が開催された1964年度に33.44 メートルだったのが、13年度は28.41メートルにまで縮んでいた。

 

50メートル走のタイムも、83年度には11歳男子の平均が8秒70だった。30年経った13年度は8秒90だ。立ち幅跳びをみても、30年前(85年度)は9歳女子の平均が147.30センチだったのが、13年度は137.03センチである。

 

子どもたちの体力低下は体型も変える。以前、あるシューズメーカーの社員から衝撃的な事実を聞いて驚いたことがある。

 

「最近の子どもたちは足幅が狭くなっている。靴の規格も今後は見直さなくてはならない時期が来るでしょう。この調子で足幅が狭くなると、まともに歩いたり、走ったりできなくなる子どもが出てきてしまうかもしれませんよ」

 

近年、高齢化の進展に伴い、老老介護が問題となっているが、ゆくゆくは”老幼介護”が必要な社会になってしまうかもしれない。

 

もちろん住民たちの安寧は保障されなければならない。敷地の管理者としては、子どもたちが遊んでいてケガをした場合、責任が問われる不安もあるだろう。

 

しかし、公園は誰のため、何のためにあるのか。まずは原点を確認すべきだ。子どもたちの歓声や笑い声の消えた日本の行く末を思うと暗澹たる気分になってくる。