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Columnコラム

2016.02.19W杯の会場ゼロ。熱気と無縁の中国・四国

2015年のスポーツシーンを語る上で、ラグビーW杯でのジャパンの躍進を外すことはできないだろう。予選プールで優勝候補と目されていた南アフリカから歴史的大金星。目標としていたベスト8進出はならなかったものの、過去最多の3勝を挙げた。19年の日本開催のW杯へ弾みをつけた。

 

約3年後に開催されるW杯の会場は既に決まっている。北海道が1つ(札幌市)、東北が1つ(岩手県・釜石市)、関東が3つ(東京都、神奈川県・横浜市、埼玉県・熊谷市)、中部が2つ(静岡県、愛知県・豊田市)、近畿が2つ(大阪府・東大阪市、神戸市)、九州が3つ(大分県、熊本県・熊本市、福岡市)である。しかし、中国・四国地方からは1つも選ばれていない。なぜならば開催都市に名乗りを上げなかったのだ……。

 

日本選手権で7連覇を達成した新日鉄釜石の流れをくむシーウェイブスの本拠地・釜石市(岩手県)が選出されたのは、震災からの復興のシンボルとして多数の支持を得た。九州から3都市が選ばれたのは、ラグビー熱の高さからだろう。

 

中国・四国が置いてきぼりをくらうのには、既視感がある。日韓が共催した02年のサッカーW杯。最終的に国内14自治体で開催会場を巡る熱戦が繰り広げられたが、中国・四国はかやの外だった。選考作業の最中は、当時のFIFA会長ジョアン・アベランジェの「平和都市でW杯を開催したい」との意向もあり、広島ビッグアーチ(現エディオンスタジアム広島)での開催は決定的とみられていた。

 

だが、FIFAが基準に定めていた屋根の設営に広島市が予算をつけなかったため選考から外れ、新潟が逆転で当選した。当時の日本サッカー協会副会長・川淵三郎は「もし、広島のビッグアーチがFIFAの基準通りに屋根をつけていたら、新潟の代わりに開催地に選ばれていた。そうしたら、ビッグスワンなどできず、新潟は今もなお”サッカー不毛の地”になっていたかもしれない」と語っている。

 

広島ビッグアーチは94年に首都以外では初めて開催されたアジア大会のメーンスタジアム。その建設理由は将来の国際大会招致をにらんだものだったことは言うまでもない。

 

ところが19年ラグビーW杯開催都市立候補は改修に時間がかかることや、その間、他競技が使用できなくなることを理由に見送られ、国外代表チームのキャンプ地誘致を目指す。何とも腰の引けた対応だ。四国にいたっては02年のサッカーW杯同様、立候補に名乗りを上げる自治体すら現れなかった。

 

いたずらにハコモノを作ればいいというものではない。建設計画よりも運用計画の方が大事だと私は思う。だが、サッカーもラグビーもW杯本番の熱気とは無縁という中国・四国の状況は、レガシーの面で、寂しさを禁じざるを得ない。