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Columnコラム

2013.05.27Jリーグ20年の功績

5月15日、Jリーグは開幕から20年の節目を迎えた。10クラブでスタートしたリーグは、20年の時を経てJ1、J2合わせて40クラブにまで増加した。来季からはJ3も誕生し、裾野を広げている。

 

「正直言って、これだけ発展するとは夢にも思っていませんでした」

 

20周年を記念して催されたパーティーを前に、初代チェアマンの川淵三郎は感慨深げな面持ちだった。

 

Jリーグの誕生は日本のサッカー界のみならず、スポーツ界に変革を起こしたと言っても過言ではない。その功績で最も大きなものは「地域密着」の理念を浸透させたことだ。

 

Jリーグでは地域社会と一体になったスポーツクラブづくりを目指し、各クラブの呼称を「地域名+愛称」とした。これは画期的なことだった。

 

しかし、改革には必ず抵抗勢力が現われる。その急先鋒が、読売サッカークラブの親会社である読売新聞で絶大な権力を誇っていた渡邉恒雄だった。「プロスポーツにもかかわらず、商業主義を否定している」と、Jリーグ開幕後もヴェルディ川崎ではなく、読売ヴェルディと名乗り続け、紙面でも三菱浦和などと企業名入りで表記した。

 

20年経った今、どちらが正しかったかは歴史が証明している。渡邉が巨人のオーナーとして大きな影響力を持ってきたプロ野球でさえ、北海道日本ハム、東北楽天のようにチーム名に地域を入れ、「地域密着」の看板を掲げるようになった。

 

プロバスケットボールのbjリーグ、野球独立リーグの四国アイランドリーグやBCリーグなど、後発のプロスポーツリーグもJリーグにならって「地域名+愛称」のチーム名を定着させている。

 

以前、川淵はこう語っていた。

 

「あるクラブの社長さんがこんなことを言っていましたよ。”もしウチが企業名を冠していたら、他のライバル企業の社員が応援してくれることはなかったでしょう”と。企業名が入ったスポーツクラブなら、行政だって支えてくれない。企業名を出すデメリットはこんなところからも明らかなんです」

 

川淵の強力なリーダーシップは、時に「ワンマン」「独裁者」との批判も受けた。だが、彼がどこかで理念を曲げていれば、日本のスポーツ界は21世紀になっても、時計が20世紀のままで止まっていたに違いない。