Talk Vol.35

リーダーに必要な4要素

園田学園女子大学教授/株式会社CORAZONチーフコンサルタント
荒木香織

今回のゲストは、園田学園女子大学教授でメンタルトレーニングコンサルタントの荒木香織さんです。2015年のラグビーW杯イングランド大会で日本代表のメンタルコーチを務め、優勝候補の南アフリカを破るなど過去最高(当時)の3勝をあげたチームを影で支えました。その荒木さんに、スポーツ心理学の重要性を聞きました。

 

※取材は11月下旬にオンラインインタビューで実施

 

今矢賢一: 12年にラグビー日本代表のメンタルコーチに就任されましたが、そのきっかけは?

荒木香織: 正直、なぜ私だったのかわかりません。でも当時のヘッドコーチ(HC)であるエディー・ジョーンズさんの所にはスポーツ科学の専門家が集まっていました。トレーニング、コンディショニング、メディカル、分析、栄養……。その中にメンタルも含まれていました。エディーさんは自らが掲げる基準にチームを持っていくためには、それぞれの専門家の力が必要と考え、スポーツ心理学の専門家を探していたんだと思います。日本代表チームの総務だった大村(武則)さんから私に電話が掛かってきて「エディーさんが話したいと言っているから連絡して」と言われたのがきっかけです。

二宮清純: W杯イングランド代表のメンバーだった大野均さんは「荒木さんはエディーさんのメンタルコーチでもあった」とおっしゃっていました。

荒木: エディーさんはチームがどうすればいいか、そこしか考えていませんでした。エディーさんとは、些細な出来事から選手の表情に至るまでたくさん話をしましたね。ひとりひとりの選手を細かく理解しようとしていたし、選手の力を引き出すにはどうすればいいかを考えていました。エディーさんが私に求めたのは、日本代表のマインドセットを変えること。“オレたちもできる”“世界と戦える”“スクラムで押せる”というメンタルを構築することでした。

二宮: エディーさんは選手にハードワークを課し、厳しい指導者として知られています。選手たちからは「ここまでやらされるか」という意見もあったと思います。

荒木: 日本人選手の特徴のひとつとして指導者を好きか嫌いかで判断する人が多い。これはすごく間違っていることだと思います。指導者が何を伝えたいかを考えられる選手は少ない。「エディーさんが怒っている」「またあんな怖い顔をしている」と言う選手もいましたが、エディーさんがなぜ怒っているのかを考えることが大事だと思います。もちろんエディーさんも感情的になることがありましたから、その時には「そんなに怒っていては通じることも通じなくなる。本当に伝えたいこと、何が言いたいかを大事にすべき」と言いました。エディーさんは女性の言うことはよく聞いてくれるんです(笑)。

二宮: 意外とかわいいところがあるんですね(笑)。15年W杯イングランド大会、日本代表の初戦は優勝候補の南アフリカが相手でした。試合前、選手たちがかなり緊張していた。荒木さんは選手たちに対し、あえて「リラックスしていこう」「緊張しないでいこう」などとは言わなかったそうですね。

荒木: スポーツ心理学の研究では、リラックスした状態でいいパフォーマンスが出せるというデータはありません。最高のパフォーマンスを発揮するためには、ある程度の不安と興奮がなければいけない。だから「緊張することは悪いことじゃない。4年に1度、こんな機会は滅多にあるもんじゃないから、ドキドキ感、ワクワク感をうまく使うべき。変にリラックスしようと思わず、そのまま行けばいいんです」というメッセージを伝えました。ドキドキすることがダメだと思っている選手は多く、それではうまくプレーができないんじゃないかと考え込んでしまうんです。「W杯ですよ。ドキドキするものだから。これだけ準備をしてきたから大丈夫ということはみんな分かっている。自信を持っていきましょう」と声を掛けたと思います。

二宮: 南アフリカ戦でフルバックとしてフル出場し、歴史的勝利に貢献した五郎丸歩選手は「荒木さんのいろいろなアドバイスが役立った」と話していました。彼のプレースキックのルーティンを一緒につくったことは有名ですが、他にはどのようなアドバイスを?

荒木: 話をする時は確認したいことを言ってくるので「これでいいでしょ?」「うん」というやり取りをする程度です。もちろん疑問に思うことがあれば、指摘します。ただ皆さんが思っていらっしゃる以上にあまり特別なことはしていないんです。

 

勝つ組織のつくり方

今矢: 悩みを聞いてもらえる存在がいたということが選手にとっては大きかったんでしょうね。五郎丸選手はバイスキャプテンを務めていましたが、キャプテン以外にも日本代表にはリーダーズグループというものがありました。スポーツ心理学という観点から、人数や人選のプロセスでは何を大事にしたのでしょうか?

荒木: スポーツ心理学はいろいろな角度から研究されており、そのやり方についてもたくさん論文で発表されています。私が使った理論は“リーダーシップをどう育てていくか”“勝つ組織のつくり方”。そのためにはふたつの柱を持って、日本代表という組織を強化していくことです。HCのエディーさんのまわりにディフェンス、スクラム、メンタル、フィジカルといったスタッフ陣がひとつの柱。もうひとつはキャプテンをはじめリーダーズグループを中心とした柱です。このデュアルリーダーシップを元にした強化の仕方は、オールブラックス(ニュージーランド代表)が11年W杯ニュージーランド大会で27年ぶりに優勝を果たした時、アシスタントコーチを務めたウェイン・スミスさん(現・神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督)と、ニュージーランドのスポーツ心理学者であるケン・ホッジさんが中心となった発表した論文を参考にしています。私はオールブラックスがどうやってW杯を勝てたかを分析している論文を発表前に読ませてもらう機会を得たんです。それを読んで“これでいける”と思い、エディーさんにも伝えました。リーダーシップというスキルを選手たちが身につけないとチームは強くならないという考えで、組織づくりを進めていきました。

二宮: リーダーにはどんな資質が必要ですか?

荒木: リーダーにはコミュニケーション能力が必要ですし、リーチ・マイケル選手のように体を張って示していくことも大切です。当たり前だと思っていることを違うんじゃないかと考え、発信してくれる人も必要ですし、声を出してチームのみんなのやる気を高めてくる存在も重要。実は4つの資質をすべて持ち合わせているのがエディーさんなんです。しかし、その4つの資質を持ち合わせている選手はなかなかいません。リーダーズグループをつくり、4つの要素を6人から10人の選手に担ってもらうトレーニングを進めていきました。私が何か言うというよりは、リーダーズがリーダーシップを身に付け、自分たちの言葉でチームに落とし込んでいく。その方がチーム全体に早く浸透するんです。

今矢: W杯のメンバーは31人。それに対し、何名ぐらいのリーダーが必要になるんでしょうか?

荒木: 理論的には組織の3割がリーダーシップを発揮していいと言われています。合宿だと約45人招集されるので15人ぐらいになりますね。典型的なのがポジションごとのリーダー。バックス、フォワードだったり、フォワードでもタイトファイブ(プロップ、フッカー、ロック)のリーダーをつくっておくこともありました。他に若い世代のリーダーやストレングスのトレーニングをする時のリーダー。オフ・ザ・フィールドのリーダーも必要でした。

今矢: リーダーはエディーさんと荒木さんで決めたのですか?

荒木: 最初のリーダーズだけは私とエディーさんで考えました。あとは私とリーダーズで相談して決めていきました。

二宮: 12年にスタートしたエディージャパンで、2年間キャプテンを務めたのが廣瀬俊朗さん。彼は3年目にキャプテンを外され、リーチ選手にバトンを渡すことになりました。その時、廣瀬さんは相当悩んだそうですね。

荒木: エディーさんは4年間、廣瀬さんにキャプテンを任せるという考えではなかったと思うんです。チームの立ち上げのところを廣瀬さんにお願いしたかった。当初は1年ぐらいの予定だったと思うんですが、うまくいったので2年目も継続したと記憶しています。選手としてキャプテンは誇りある役割。チームを背負ってエネルギーを注ぐことができるポジションなので、廣瀬さんもキャプテンをリーチ選手に代えられたショックは大きかったんだと思います。でも選手として切られたわけではありません。代表に貢献することはキャプテンじゃなくてもできますし、廣瀬さんがダメだからキャプテンを代えたわけではありません。組織としては成長していたので、より一層加速していくために(交代は)必要なことだったんです。あまり励ますよりも、廣瀬さんが考える方向に持っていく方が効くと思ったので、「キャプテンじゃないと困るんだったら、辞めたら?」と言ったんです。

二宮: 廣瀬さん本人にも聞きましたが、「そう言われて“離れてもいいんや”と気が楽になった」と話していました。

荒木: 気持ちを落としたままプレーしていたら、体に不調が生じ、そのまま脱落してしまうというパターンに陥る可能性がありました。廣瀬さんとは、そこからメンタルを新たに組み直したという感じですね。

 

「言葉の使い方にこだわる」

今矢: 私たちブルータグもスポーツ理論に基づいたヘルスケア事業を19年に分社化して取り組んでおり、廣瀬さんにもエンジェル投資家として出資頂いています。これまで日本のスポーツは、理論よりも精神論を重視する時代が長かった。ラグビーW杯イングランド大会での日本代表の躍進により、スポーツや組織が変われるきっかけをつくったと思うんですが、まだまだ日本のスポーツ理論や心理学は遅れていると感じますか?

荒木: 私は学ぶ姿勢がない指導者が多いのが問題だと考えます。日本人の資質を考えると、どのスポーツにおいても、もっと世界と戦えると思っています。指導者を育成するシステムがまだまだ確立されていない。また日本ではスポーツ科学に対する理解もなければ、敬意もないと感じる時もあります。指導者が自分たちの経験が一番だと思っている。選手の人生に大きな影響を与える存在であることに気付いていない人が多すぎるという印象です。もっと専門家の知識を引き出そうという姿勢が必要だと思います。エディーさんは専門家に対し、男女年齢関係なく耳を傾けてくれました。

二宮: 個人的な意見ですが、「指導者」という呼び方を変えたほうがいいのでは。コーチならコーチ、トレーナーならトレーナー。「指導者になった以上、選手にナメられたくない」などと平気で言う人もいる。「指導者」との呼称がむしろ呪縛になっているのではないか、と思う時があります。

荒木: 日本での「指導」には「生徒指導」のようなイメージもあるんでしょうね。「指導する」というと上から目線。私が「“選手にやらせる”と言うのはやめてください」と話しても、なかなか浸透しないんです。そういう言葉の使い方ひとつにすごくこだわっていかないといけないですよね。

二宮: 日本の指導者の場合、最後は精神力の問題に逃げる人が少なくない。

荒木: 最後は戦術、戦略ですよ。“なんでメンタルのせいにするの”という思いはありますね。負けを選手のせいにする、いい加減な指導者が多い。そこは絶対に変えていくべきです。例えば、選手への指示で「勝ち切る」「押し切る」などと、あやふやな表現も多い。選手がどうすればよかったのかを映像や言葉で伝えてくれないと。答えをくれないと選手も困ります。

二宮: 今後に向けてはどのような活動を?

荒木: 私はビジネス、スポーツ、芸術、教育、公安、福祉、医療などの場面において、個人や組織が目指す最高のパフォーマンスを発揮するための、思考、感情、行動について心理学的側面から科学的に研究をする学問を「パフォーマンスサイコロジー®」と呼んでいます。各界にパフォーマンスを向上させたい人は多く、最近は執刀医の先生、歌手の方のコンサルを担当しています。これからもスポーツ界に限らず、たくさんの人のパフォーマンスに影響を与えられるような仕事ができたらいいと思っています。

ゲスト

荒木香織(あらき・かおり)

京都市生まれ。日本大学文理学部体育学科を卒業。その後、アメリカでスポーツ心理学を学び、ノーザンアイオワ大学大学院で修士、ノースカロライナ大学大学院グリーンズボロ校で博士課程を修了した。08年北京五輪ではセーリングのシンガポール代表のメンタルコーチを務めた。12年にはラグビー男子日本代表メンタルコーチに就任。15年W杯イングランド大会終了まで活動し、過去最多の3勝をあげたチームの躍進に貢献した。16年、園田学園女子大学人間健康学部の教授に就いた。メンタルコンサルティング会社のCORAZONではチーフコンサルタントを務める。最新の著書に『リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力』(講談社)。

>>CORAZON HP

https://corazonmental.com/

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