Talk Vol.43

テクロノジーが切り拓くスポーツビジネスの未来

フェルメールブルー代表取締役

中西大介

今回のゲストは、Jリーグの常務理事として英・パフォームグループとの大型放映権交渉で中心的役割を担い、現在は株式会社フェルメールの代表取締役社長を務める中西大介氏です。テクロノジーがもたらすスポーツの新しい可能性について聞きました。

 

二宮清純: 昨年暮れに行われたカタールW杯はアルゼンチン代表の3度目の優勝で幕を閉じました。日本代表が優勝経験国のドイツ、スペインを破って、盛り上がった一方で、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)などのテクノロジーが、これまで以上に注目を浴びた大会でもありました。

中西大介: 試合によってはVARが主役になってしまうこともありましたね。

今矢賢一: 日本のスペイン戦の決勝ゴールは、三笘薫選手のアシストでした。田中碧選手への折り返しの際、ゴールラインを割っていたか、いなかったか。“三笘の1ミリ”は大きな話題となりました。

中西: あのプレーは、アシスタントレフェリーも旗を上げていましたし、VARがなかったらアウトと判定されていたと思います。

二宮: 今大会は、半自動オフサイド判読技術(SAOT)が導入されました。微妙に足が出ているということでオフサイドと判定されるシーンがありましたが、そこまで厳密にジャッジしなくてもいいという意見もありました。

今矢: VARをはじめとしたテクノロジーは、良い面と悪い面、双方の意見が出ています。例えばVARのビデオチェックの時間によって、試合の流れが止められてしまうこともしばしば。でもトータルで言えば、良くなっているという印象ですね。

中西: テクノロジーで判断しているので、選手も納得するでしょうね。微妙な判定を機械が担うことで、カタールW杯では初めて女子レフェリーを採用できたと思うんです。

二宮: テクロノジーを導入していなければ、もし判定で揉めた場合、「女だからダメなんだ」という声が出てくると?

中西: それは避けられなかったと思います。そのリスクを減らせるという面で、テクノロジー導入はジェンダーの問題を解消する一助になっているとも言えるのではないでしょうか。

二宮: 大会全体をご覧になった感想は?

中西: ヨーロッパのクラブが放映権料を稼ぐために世界中のスーパースターを獲得しています。今回はそれがいい面に出た。ヨーロッパ組の多いチームが結果を残した。それが顕著に表れた大会だと思います。日本の躍進の背景にも、その点があると感じますね。

 二宮: アフリカ勢初のベスト4に入ったモロッコ代表がその典型ですね。

中西: モロッコやフランスはサッカーに勝つための必要な要素として多様性を許容している点があげられます。かつて旧共産圏のソ連や東ドイツがオリンピックの陸上、水泳、体操などではメダルを量産しましたが、サッカーW杯では優勝できなかった。言論統制された国ではサッカーが強くならない。その国の自由度が反映される気がします。フランス、ブラジルなど多様性のある国は強い。

今矢: それは面白い視点ですね。ただ、その多様性について、残念ながら日本には足りない部分かもしれませんね。

中西: 制度としては自由主義経済、民主主義ですが、無言の同調圧力がある。それは子どもたちにも影響していて、それがアタッキング・サードでのイマジネーションが乏しい原因になっている気がします。一方で日本の文化や教育がもたらすものはネガティブなことだけではありません。

二宮: というと?

中西: 最近、「日本の失われた30年の中で、なぜサッカーだけがその例外になれたのか」と、よく聞かれます。その答えとして、「日本サッカー協会がコーチングのライセンスを取得させる中で、教え過ぎの弊害、ティーチングとコーチングの違いを強調して指導してきたこと、そこで生み出された発想豊かな選手らが、さらにその先に、欧州で自らを鍛えてきたこと」が、挙げられると思います。日本の失われた30年と教育の関係を考える時、この部分はもっと語られてもいいような気がします。アメリカの大学、大学院への日本人留学生が少なくなっているのに対し、欧州でプレーする日本人の数が過去最多であることは、この国の負の部分とは逆の現象で、評価すべきことだと思います。

 

【AI活用のマーケティング】

二宮: 今回のW杯ではIT大手のサイバーエージェントがインターネット配信サービス「ABEMA」で大会全試合を放送しました。元日本代表の本田圭佑さんの解説も好評でしたね。配信ビジネスと言えば、中西さんはJリーグ常務理事を務めていた時、インターネット配信サービス「DAZN」を運営するイギリスのパフォームグループとの10年2100億円と言われる大型放映権契約締結に尽力されました。

中西: Jリーグでは日本サッカービジネスの未来を考える上でシナリオプランニング(将来起こり得る複数のシナリオを描き、事業や経営方針、想定される出来事への対処法を導き出す手法)を用いていました。起きる可能性は低いけど、起きた時のインパクトが大きいものを探さないと、日本サッカーの成長はないと考えたんです。次にくる環境の変化は、「Netflix」に始まるOTTサービス(インターネットを介したメディアサービス)以外あり得ないと思っていました。

二宮: パフォームグループは日本をどのようなマーケットと見ていたのでしょう?

中西: 日本のスポーツ市場はサッカーの代表戦は人気コンテンツ。プロ野球の日本シリーズ、大相撲の千秋楽、バレーボールのオリンピック予選の中継を観る人は多い。これだけ幅広くスポーツを観ている国は珍しいらしいそうです。その点がDAZNのいろいろなスポーツ中継が観ることができ、1カ月いくらというビジネスモデルがマッチするはずだと。その中のキラーコンテンツとしてJリーグが選ばれたわけです。

二宮: 1年約210億円ですからね。2020年には1年あたりの金額は減ったものの、2年の契約延長を勝ち取りました。今後のスポーツビジネスにおいては、放映権ビジネスのほかに重要なものは?

中西: 今、新しいビジネスとしてNFTが注目されていますが、日本で定着するかどうかはまだ見えないですね。コンテンツの価値はどれだけ人が熱狂するか。人をどれだけ集めるかというスポーツビジネスの基本は変わらないと思います。

二宮: リアルがあってこそだと。

中西: そうですね。まずそこがベースにあってのNFTだと思います。イングランドは収入の分け方が、マッチデーインカムかノンマッチデーインカムか。マッチデーインカムは試合がある日の収入で、入場料のほか、グッズや飲食全部を合わせたもの。その日にどれだけお金を使ってもらうかが重要という考え方です。

今矢: そのマッチデーインカムをどれだけ増やせるか。つまりリピート率を増やせるかが大事だと。

二宮: やはりスタジアム、アリーナがすごく重要ということですね。

中西: おっしゃる通りです。コロナ禍でそれがどう変わるかと見ていたんですが、やはり音楽業界、スポーツ業界を見ると、会場にお客さんを呼ぶというビジネスの基本からは離れらないと思いますね。

二宮: 観客が入らないと名勝負はなかなか生まれにくい。

今矢: イングランドのプレミアリーグでも無観客になって1試合平均得点が減ったというニュースが出ていましたね。いかに観客が良い試合を演出しているかというコラムを読みました。

中西: イングランドはSky Sportsと放映権契約を結んでから得点数が上がっているそうです。やはり魅せるためのフットボールを各クラブの経営者や監督が意識するようになったということ。それがリーグのクオリティを高めることにつながっているんだと思います。

今矢: 現在はどのような事業に取り組んでいるのでしょうか?

中西: 今一番力を入れているのが、AIを活用したファンマーケティングです。食品メーカーのキューピーさんと組んで成果も上がっているんです。

二宮: どのようなマーケティングを?

中西: ネット上でファンコミュニティをつくり、AIを使ってどういう言葉や会話が刺激になってファンになっていったかを解析するんです。ファン化のメカニズムを明らかにすることをスポーツに応用したいと考えています。スポーツ業界は、好きになる理由を当たり前のように感じている人もいて、そこを深堀りしない。ファンになる理由を分析していけば、かなり細分化できるんです。例えば先ほどお話したキューピーさんの事例で言うと、マヨネーズの用途を分析していくと“かける”“合える”などがあります。一般的には食卓で使うイメージがあるのですが、ここに“炒める”ことをPRに組み込んだんです。すると売り上げがアップするという分析結果が得られました。スポーツにおける“炒める”を見つけることができれば、スポーツビジネスの可能性も広がっていく。それに今後はチャレンジしていきたいと思っています。

ゲスト

中西 大介(なかにし だいすけ)

1965年、東京都生まれ。都立駒場高校、神戸商船大学(現・神戸大学海事科学部)を経て、ナガセに入社。97年にJリーグ入局。主にリーグのスポンサー営業や試合中継の権利販売などを担当。2002年日韓ワールドカップでは札幌会場の運営責任者を務めた。10年にJリーグ事業戦略室室長、11年に競技・事業統括本部長に就任。12年からJリーグ理事、14年から17年までJリーグ常務理事を務めた。Jリーグヒューマンキャピタル理事長、Bリーグ理事、JFA技術委員、国際委員などを歴任し、現在はフェルメールブルー代表取締役社長を務める。

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